頭の中がうるさい

散歩とか音楽とか

短期バイトの仕事を覚えることの虚しさ

もともと短期で終わらせるつもりはなかったけど、思ったより大変だった、それだけの理由でバイトを辞めようと思っている。

入った初日でもう辞めようと思っていた。少し事情があって今すぐにはやめられないんだけど。辞める前提で働いていると殆どのことにモチベーションが湧かない。仕事を早く体系的に覚えるとか、他のバイトの人と仲良くなるとか。後者に至っては辞める上で障害になるものだから飲み会とか行ってちゃだめだ。

 

周りの人は真面目で常に仕事を探してテキパキと動いている。(ように見える)

目の前の仕事を早く終わらせることが報酬とか上がりの時間に全く影響しない中で何をモチベーションにそのように働いているんだろう。多分自分がサボると周りの人の仕事がその分増えるという意識も強いんだと思う。みんな所詮バイトなんだから全員でダウンシフトして正直ほとんど必要性のない仕事なんかは削ってしまってもいいのに。

 

なんてことを考えているけど、評価制度が曖昧で年功序列の強い組織で働くならバイトと同じだなある意味。

オタクになれない

ここでの「オタク」はいわゆる萌えだとかアニメを好む人達って意味じゃなく何かにはまれる人、それだけやってりゃ幸せになれちゃう人。

自分はオタクじゃない、何にもはまれない、専門家になれない。

はてなブログの記事に外向的/内向的と現実主義/理想主義の2つの軸から人間を「ヤンキー」「体育会系」「オタク」「サブカル」に分けてるものがあった。この分け方だと自分は完全にサブカルだ。

全く理解できないわけではないしもっと気に入っても良さそうなコンテンツがなぜ自分に刺さらないかがこの2つの軸からも説明できる。
新海誠にイマイチ嵌まれずなんかきもちわりーな、今はもう観れないなって思うのは彼の作品が理想主義、空想主義的だから。童貞性と理想・空想主義はまた少し違うと思う。もちろん重なる部分も大きいだろうけど。

オタクとサブカルの違いは現実主義か理想主義かってことに起因するわけだけど何かに没入できるかどうかも効いてると思った。
もちろん没入出きる方がオタクでできない方がサブカル

ただサブカルの人として有名なみうらじゅんとかタモリとかはかなりオタク的な部分つまり没入できる性質を持ち合わせている。だからサブカルのなかにも没入できるできないで大きな溝があるんだと思う。↑の記事だと社会にも馴染めず空想に逃げることもできないサブカルが一番悲惨だと言われていたけど、サブカルのなかでも没入できないサブカルが悲惨度が高いのかもしれない。常に何かに正面から向き合うことができない、ものの価値を相対的な位置付けからしか感じることができない。何者にもなれない人。自分の居場所はここじゃないと感じはするけど逃避対象にどっぷり浸かることもできないあわれな人間。

これやって何になんねん、がつけ回してくる

何かの節目、それが特に失敗に終わったときそれまで価値あるように思えてたものがすべて無価値に思えてしまう。成功に終わらせたかったなにかを成功に終わらせるためにやっていたもの、が持っていた有用感、やってりゃなんとかなる感が全部消え失せる。こんなんやって何になんねん。

いつもこれの繰り返しだ。なぜこうなるんだ、失敗が原因なのか、だとしたら失敗しなければいいのか、たぶんそうじゃない。成功に終わってもヤツは来るときは来る。必ずいずれやってくる。誤魔化して逃げ切れるかどうか。全てがフラットに見えてしまう虚しさこそデフォなんだ。気を抜いたらだめだ。

人が子ども作るのは退屈だから

一応命の保証をされた。

だいぶ心が軽くなったのだが毎日退屈である。

 

よくベーシックインカムがあったら生活コストをなるだけ下げ、極力働かず好きな分野に関する研究を進めたり、小説を読んだり、ギターを弾いたりしてつつましくも文化的な生活を送る妄想をする。子どもを育てたり結婚することを考えると無理な話だが自分一人を養うだけなら生活コストを下げるだけで働く必要性はかなり減る。オートロック付きのマンションとか外食はこの国の消費レベルに合わせた感覚のもと生きている人たち向けのものなんだから。

 

ただ実際そういう半隠居みたいな生活状況になったら多分恐ろしく退屈する。研究も小説読むのも他者の視線をどうしても意識してしまっているものだから。完全な純粋性をもった動機はおそらく僕にはない。全て他者への意識、他の行動・環境からの逃避が根っこにある。

 

ただ僕みたいに何か行動するにあたって純粋な動機を持てない人は少なくないと思う。というより殆どの人間がそうだろう。研究だけやってりゃ幸せな研究者とか音楽やってりゃ何もいらないミュージシャンなんてのは選ばれし人間である。殆どの人間は行動原理に他者の視線が染み付いてしまっている。そして他者の視線を前提としない行動にはすぐ飽きてしまう。すぐに虚無・退屈が襲ってくるはずだ。

人が結婚するのも子どもを作るのも会社組織に属して何十年も過ごすのも全部この退屈・虚無から目を背けたいがために選んだ行動と捉えることができる。そして多分この虚無感は年を取れば取るほど大きくなっていく。人との関わりを欲さず、自分自身で完結した喜びを日々の中に見つけられる個人主義者であってもだ。人生は自分のためだけに生きるには長すぎるんだ結局。

夜中起きた。

耳元で鳴る蚊の羽音に

 

ベッドから出て窓を閉めて蚊のいなくなるスプレーを何吹きかした。

蚊の音はしなくなったがすぐに痒みが襲ってきた。何箇所も刺されている。全然眠れなくなる予感がした。

掻くのを我慢してエアコンを付けるかどうか迷ってる間にまた眠った。思ったより時間はかからなかった。

 

起きた。朝五時から一時間おきにかけていたアラームを止めた覚えはない。携帯の電源が眠っている間に切れたんだろう。

明らかに5時ではない気配はしたが部屋をほぼ完全に遮光しているせいで外の時間がわからない。昨日久々に連絡が来た人のことを布団の中でしばらく考えていた。

 

水を飲みにキッチンへ。時計を見ると12時だった。思ったより長く眠っていない。13時までやっている近くの喫茶店のモーニングを食べに行く。その準備をする。

 

コーヒーが運ばれて来るまでのあいだ、短編小説を一編読んだ。大学の人に頼まれていた作業をしばらくやって頭が痛くなってきたので店を出た。雨が上がっていた。陽は出ていない。とても蒸している。

 

携帯を持ってこなかったから頭の疲れが少しは取れたがなにせよ昨日使いすぎた。多分14時間位使っていた。逃避、焦燥。

休学して遠くの街で働く想像をする。まあまあ現実味を帯びてきた。全然悪くない。悪くないけど困ることも増えるだろう。

 

パソコンいじらずに純粋に小説を読むために別の喫茶店に行く。地下のまだ行ったことがない店に行くことにする。

最近

就活がうまく行かない


といっても試行回数がおそらくかなり少ない中で失敗に落ち込んでいる状況だからガチ勢の方々からするとなに甘いこと言ってんだと言われるんだろうが。

就活なんて茶番に本気で取り組むなんて到底できないし、入社後にどうせ確実に訪れるしんどさを想像すると頑張ることで未来の自分の首を締めるようなことでもあるし、とりあえずこんなもん本気でやれるか、という思いをもともと強くもっていた。


そんな俺ですら、なんの興味もないわこんな会社、と思っていても選考が進むといつの間にかまあまあ本気で受かりたいと思ってしまうしお祈りメールが来ると胃のあたりがずーんてなって何も楽しめなくなってしまう。

内定0なんですよハッハッハって言うことはできてもお祈りメールの直後なんかはそういうのとは程遠い気持ち。

俺も人の子

何もしてないのに頭のなかが常にビジー

いや、何もしてないならなのだ。やるべきことを一つずつきちんと潰していけば頭がタスクに占拠されて意味のないビジー状態になることもない。就活、論文、人生。すべてを先延ばしにしている。先延ばしで人生おわる。



状態は悪い
こんな垂れ流しですら文字打つのがだるくてかなわん