よる日記

散歩とか音楽とか

夢を見て頭の中が変わった

今日は夢を見た

久しぶりに夢の中で泣いた
日頃申し訳ないのと自分が情けないのと顔を見た瞬間の安心感で号泣してしまった。もう号泣なんて何年もしていない。夢の中でしか。

以前の号泣の時と同じように、その夢を見る前と後で明らかに脳の組成が変わった気がした。よりシンプルに素直になった気がする。音楽も無機質で曖昧なものよりシンプルなものが響きやすい。

自分が求めているものがなんなのかがはっきりわかったような気がした。から会いに行った。珍しく自分から。なんだか下り坂が始まっているような気がしないでもなかったけど顔を見れただけで、肌に触れているだけで嬉しかった楽しかった。このままだめになったとしても、それをそのまま受け止められるような気がする。別の実をいくつも摘み取って自分を麻痺させるようなことなく。


今日は起きる前に見た夢の力が一日を通して心に影響を与えていた気がする。ずっと雨だったし。適当に捨てられて散らばっていたものがきれいになくなったような、あるいは蓋がとれたような気がした。

でもこれは長く続くものではない。過去に何度かこれに近しいスター状態があったけど長続きはしなかった。その間に何らかの変化を起こした方が良いのかもしれない。無感覚な藁で隙間を埋めずに向き合うこと。もしくは良質な物語に身を浸すこと。

何がしたいのかいよいよわからない。

やってよかったと思うことをほとんどしていない気がする。自分や他人を軽んじた行動、自分を嫌いになる行動ばかりとっている気がする。


やるべきことはあるがやりたいことはない。やりたいことはやるべきことをやっているうちに見つかるものかもしれない。これまでの経験的にはそういう場合が多かった気がする。


とはいえ実際に行動に移すことはない。穴の空いたバケツに水を流し込む日々

最近は極めて低俗な日々を送っている。しこってやって酒飲んで、YouTube死んだ目で見て、くそみたいなまとめサイト読んで。

なにも成長したきがしないし成長ってなんだよ何か目標があってやった行動でもない。今の目標というかもっとこうなりたい、こうありたいっていう部分を満足させるための行動を代わりに取るようになれば夜寝る前の罪悪感もなくなるのだろう。

たとえば純文学読むとか芸術映画みるとかしてる場合はそれも結局端から見れば暇潰しでしかないのに関わらず罪悪感を感じにくいんだけどそれは俺がそういうものに詳しい人に憧れのようなものを抱いてるからなんだろう。しょうもない。

旅に興味がなくなったわけじゃない

ここしばらく、どこか遠くにふらっと何日か出かけることがなくなっていた。

自分が大人になったのか、とか内面に変化が起きたのかとか思っていたけどなんのことはない。ただストレスを感じていなかっただけだ。

今日、ほんの些細な嫌なことがあった。ほんとに大したことない、普通ならすぐ忘れてしまうようなことなのかもしれない。でもそのせいで何だかずっと嫌な気分になっていろんなものと距離を置きたくなった。その中で久々に旅に出たいと感じた。行き先はどこでもいい。今いるここじゃなくて、あんまり人がいなければどこでも。笑っちゃうくらい当たり前の話だけど俺は一ミリも成長なんかしていなかった。