よる日記

散歩とか音楽とか

ヒヤシンスハウスに行った

中浦和駅より徒歩5分、別所沼のほとりにそれはあった。小さすぎワロスみたいな反応をいくつか事前に見てたけど実際見てみると想像通りの大きさだった。詩人が1人で住む家なんだし小さい方がなんかしっくりくるじゃないか。なあピエロ。


立原道造はこの小屋の設計地図だけを残し、結核で24のとき死んでしまったらしい。ああいう詩を書く人が好みそうな部屋だった。小さく穏やかに完結した世界。


ガイド?の方の話では本当は沼の反対側に立てる予定だったらしい。その当時、沼のこちら側つまり現在のヒヤシンスハウスが建っているあたりは葦が一面に生えており、とても家を建てられるような状態ではなかったという。現在は葦は見当たらなかったが沼のほとりよろしく水捌けは頗る悪いようで今朝の大したことない雨の水溜りがいつまでも引かないようだった。白スニーカーで行ったことを後悔した。


立原道造が小屋を建てようとしていたあたりは当時からすでに住宅がいくつかあるような状況だったらしく孤独を好みそうな詩人が選んだ場所としては少し意外だった。


中村好文さんは絶対に家には料理を作る場が欲しいとインタビューの中で言っているしヒヤシンスハウスの生活感のなさを建物としては未完成だと感じているんだろうけどヒヤシンスハウス自体の精神性は絶対好きだろうなと思った。中村さんの作った小屋とヒヤシンスハウス、びっくりするくらい似ていたもの。


あんな小屋にある程度の期間住めるサービスがあればいいのにと思う。自然の中でしばらく過ごそうとするとテント担いでどっか行くとか明らかに家族向け団体向けのバンガローに泊まるとかしか選択肢がないような気がする。たぶん知らんだけだけど。

山にある避難小屋にもう少しだけ人間が過ごす容れ物としての機能をプラスしたぐらいの小屋が理想的だ。



相変わらずだけど書き始めるとそれまで考えていたものとは別のものが出来上がる。書くという行為によって思考が決定されている。頭の中のカオスをそのままに近い形で文字に起こすことはすごく難しい、僕にとっては。