読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

よる日記

散歩とか音楽とか

SWEET MEMORIESを聴いたせいだろうか

夕方に起きた。今日も授業へは行けなかった。起きてすぐちょっとだけバイトをして家に戻ってキャベツと卵をいれたインスタントの味噌ラーメンを食べた。それから皿を洗ったり部屋を片付けたりして、あいつに目を向けないようにしていたけどやっぱり逃げ切れなかった。退屈と無力感。何をしてもしっくりこない。体が冷えてるのがよくないのかと風呂に入ったりしたけど体の、心の、奥底にある地に足がついてない感、何かしなきゃ行けないのに結局また何もできてない感は出て行ってくれない。最近はこれに加えてどうしようもない懐かしさも心ににじむことが増えた。



自分のこれまでの年月が重みを持って降りかかってくるようになった。いつでもそうだ。その最中にいる時には自分の中で人生が食いつぶされて行くことにはあまり気づかない。終わりを意識してこそそれまでの時間が取り返せないことに気づく。まだまだ途上で何も決まってない、何も決めなくていいんだと思っていた。でも着実に終わりは僕を捉え始めた。


入学当初の自分はなんだかんだ言って希望に満ちていたような気がする。周りの学生を見て明るいなあエネルギッシュだなあなんてちょっと斜に構えていたけど今の自分からすれば昔の自分は今の自分より彼等に近いところにいるように思える。自分だけじゃない。周りの友達も、あの子も、今より自分の未来に、周りの世界に期待をしているような目をしていた。大学で楽しむべきことはもう経験したよたあの子は言う。あの子はもう現在をなんの もなく過ごしているなんてことはない。視点は過去もしくは未来にのみあるようだ。


あの頃は若かったなあ、って気持ちは幾つになっても感じるんだろうか。40の自分が30の自分を、60の自分が40の自分をみたらどう感じるんだろうか。


僕は、少なくとも今の僕は、自分の人生が進んでしまうこと、歳をとることがなんともどうしても受け入れられない。時間が進んでしまうのなら今この瞬間に永遠に止まってしまってもいいとまで思えるのだ。


未来はいつになっても味気ないもので過去は年々美しさを増す。そうであるならこれからの未来が美しくなるのを見たくないか?そう言われても頷けないような、色々な人生を生きられないことの苦しさがリアリテイを増してしまうような、そんな日々なんである。